世の中には不安定なものが多すぎる!

何だか、奈須きのこの作品風に語るのって面白いんだが(笑)


蒼崎橙子が事務所で本を読んでいるところに、黒桐幹也が出社してきた。
幹也はコーヒーを淹れて橙子が何を読んでいるか確かめる意味を込め持っていく。
「ふむ・・・」
「あ、橙子さん、どうですか?スクールランブル
「ありがち、と思って読み始めたのだが、ずいぶん風変わりだな」
「やっぱりそう思いますか?」
スクランは、語りつくされているかもしれないが、一応ラブコメなのだが、少女マンガや ラブひなだとか涼風だとかと違い、その『不安定さ』がキーになっている。
他の漫画だと、主人公がヒロインとくっつくことがほとんど前提として作られているはずなのに、スクランにはその条件が当てはまらない。
まずダブル主人公という設定。この設定自体は存在するが『男女』として作られた作品は稀有である。天満と播磨。たとえ男女であっても設定がダブル主人公なら天満パートと播磨パートで独立せねばならないのにその境界はない。黒桐、こうした恋愛モノの体をとっている作品の基本はどういうものだ?」
「そうですね・・・やっぱり三角関係でしょう」
「言うとおりだ。互いの愛憎、嫉妬などは日頃味わえないものを見れる快感だろうな。こと少女マンガは型式どおりといえる。素数は不安定で、例えば四角関係は一つ結ばれればもう片方も結ばれる可能性がある。しかし三角関係は一つ結ばれると余った一人にはまた物語が始まる。こんなことが続けば螺旋となり、物語は永劫続くだろう。だがな、スクランはそれですら不安定だ。確定しているだけでも天満は烏丸、播磨は天満、八雲と沢近は播磨、花井が八雲というように関係は進んでいる。驚くべきはどれも一方通行だと言うことだ」
「でもそれでは不安定とは言えないんじゃないですか?物語の終わりがどうなるかはわかりませんけど、一方通行がどこかで止まれば螺旋でも区切りはつくと思います」
「しかし注目すべき点があるな。それは『始まりと終わり』だ。私が言った組み合わせの始まりと終わりは誰だ?」
「天満は烏丸、花井が八雲、ですよね。これが何か関係が?」
「作中をよく読め。花井が八雲に思いを寄せている描写はしょっちゅう出ている。天満も然りだ。だが注意するといい。この二人は『好きになった理由』の描写は一切かかれていない」
「あ・・・」
花井春樹の『君の袴姿が見たい!』という心理描写は間違いないが、後者はあるまい。更に塚本天満だ。物語の肝とも言うべき箇所が『不安定さ』を最も醸しだしている」
「好きになった理由が描かれていない・・・」
「そうだ。天満が烏丸に思いを寄せている描写はいくらでも書かれているのに、その背景は一切表現されていない。確かに烏丸大路が時たま垣間見せる優しさや人間らしさは原因になりうるが、そこに播磨の一目ぼれや沢近のツンデレや八雲のマンガ、今鳥のDなど決定的なものは無い。にもかかわらず物語はそれを中心に進んでいる。過去に何かあったのかもしれない。二巻で寝ぼけながら播磨に言ったセリフは伏線を張っているかもしれないな。中学時代に何かしら烏丸と関わりがあり、彼女の気持ちを揺り動かしたのかもしれない。今のところ彼女の気持ちの要因を推測できるのはそれくらいだ。物語は十巻を数える。しかし物語を語りうるべき材料はあまりに少ないんだ。ただ、何かわずかな描写、読者が見落とす描写が恐ろしい伏線になりうる。この作者は平気でやるからな」
「二巻の沢近愛理のジャージですね」
「単行本作業は二巻分が本誌掲載時よりずっと後になるのは明確だが六巻まで引っ張るのだからな。今のマンガではそうそう出来ない。
こうして様々な部分で明らかであるのに軸は不安定という要素を兼ね備えたスクランは最悪の終わり方かもう少しマシなエンディングがお似合いだ。ネギまのように『世界一のマギステル・マギになる』という軸を元に展開する物語に様々な要素を兼ねるのは多いが、全く逆というのは珍しい。もちろんそれがあって然りだ。構成美としてもな。メインの軸が実は空っぽで全てが軸になりうるというのはいずれ崩れる物語だ。一方通行がどこかで終われば都合のつく物語じゃない。全てが構成されるがゆえに一つでも崩れれば全てが崩れる。それは作品全体に表れている。スクランは他の漫画と違い背景が少なく、見開きもほとんど無い。確認できるだけでも一回だけだ。しかしスクランは明らかな余地を残しながら、完璧になる余地を残しているのにあえてそこに踏み込まない。ここにすら不安定性、不完全性が存在する。綱渡りをわざわざする必要は無いのに綱より細い線を渡ろうとする。それがさらにスクランスクラン足らしめているんだ。不安定じゃなきゃ存在できない、何て不器用なんだろうね、このマンガは」


そうして橙子はタバコに火をつけた。
物語はまだ確定していない。始まってすらいないのかもしれない。

『アニメ版で花井の描写があったのは別で』


↑『実は天満と八雲は実の姉妹じゃない説』をちょっと考えていたのですが、
マガスペスクランキャプ(天満の幼い姿)見て実姉妹かなと思ったり。あの姉妹の設定は不確定な部分が多い(親がいないとか・苺ましまろですら伊藤姉妹の両親は出てきたのに)のでそれでもわからないですが。(まあ見たキャプが天満じゃなくて八雲、なんてオチじゃなきゃいいんだが)